2016年3月31日
信越・北陸地区
新潟大学 工学部
新潟大学工学部では、学部1年生から研究活動に参加できる「スマート・ドミトリー」と呼ばれるトップ・グラジュエイツ育成プログラムが平成24年度から実施されています。このプログラムでは、研究や技術開発などに対して高い意欲を持つ学生が、学年縦断・学科横断型のグループに所属して、チームで自主的な研究活動を行っています。
スマート・ドミトリーには、いくつかの研究プロジェクトがありますが、ここでは、「環境への取り組み」と密接に関連した「汚泥灰からのリン回収」(アドバイザー教員:化学システム工学科 金 熙濬教授、狩野直樹准教授)班の研究について紹介します。当ドミトリーは平成27年度現在、化学システム工学科の3年生3名と建設学科の2年生1名が中心に活動しており、大学院生のTA 2名もアドバイザーとして、教員と協力しながら指導にあたっています。先輩と後輩があれこれ意見を飛び交わせながら、和気あいあいとした雰囲気でありながら、学習の場として充実した活動を行っています。
人類が生活するためには「衣・食・住」が必要不可欠です。なかでも「食」は我々の栄養摂取源としてことさら重要です。これらの食料資源の生産には肥料が必須ですが、近年の新興国における経済発展及び人口増加、さらにバイオ燃料の需要増加に伴う穀物需要の増大などにより、肥料価格は高騰しています。特にリン肥料の原料であるリン鉱石は枯渇問題と産出国の遍在が、今後の安定な資源確保の面で障害になっています。国内にリン鉱山を持たない日本は、現在、リン資源をすべて輸入に頼っており、輸入価格の高騰や枯渇の問題を克服するためには、早急に国内でのリン資源の確保が求められています。
一方、下水汚泥燃焼灰(汚泥灰)のリン含有率は約15~30%とリン鉱石と同程度であり、このリンの回収技術が確立されれば、国内でのリン資源確保のみならず、汚泥灰の廃棄処理コスト低減をも可能となります。現在、当分野では多くの研究がなされており、アルカリ溶出による実用例もいくつか報告されていますが、リン回収率は低く経済性に乏しい。酸溶出により高効率でリンを回収できることも明らかにされていますが、この方法は重金属も同時に多量に溶出し、肥料原料としての実用化には問題が残ります。
そこで、本研究では、高リン溶出率かつ重金属除去も可能な新プロセスを開発し、汚泥灰のリン資源としての利用に経済性を持たせ、リン資源の国内確保及び資源循環社会の構築を目指しています。
汚泥灰のリン含有量は季節や地域によって変わりますが、本研究で用いた汚泥灰(N市下水処理場)はP2O5が15%、Fe2O3は約50%(換算値)含まれています。リン回収は溶出、析出、分離プロセスに分けられます。本研究では、汚泥燃焼灰を酸溶出した後、アルカリ溶媒によって再度溶出する『二段階溶出』を用いて重金属を除去しつつ、リンの回収を行いました。
各プロセスにおいてリン回収に最適な条件を探索するために、制御が容易である溶出温度・時間、溶媒の種類・濃度、析出時pHをパラメータとして実験を行いました。リンの溶出量は、モリブデン青吸光光度法によりリン酸濃度を定量し、その結果から算出しました。なお、吸光度測定にはUV分光光度計を用いました。また、二段階溶出時の金属・重金属の溶出率を調べるにあたっては、ICP発光分析(ICP-AES)およびICP質量分析(ICP-MS)により溶出量を算出しました。さらに最終析出物の解析も行いました。析出物の同定には粉末X線回折(XRD)法とICP-MS法を用いました。粒径分布の測定には、レーザ回折式粒度分布測定装置を用い、分散媒はアセトンを使用しました。走査型電子顕微鏡(SEM)による結晶表面の観察は、測定電圧を15kVとして行いました。
ここで最終析出物の溶出実験は、独立行政法人農林水産消費安全技術センター(FAMIC)により定められている肥料分析法を参考に、水溶性試験およびク溶性試験を行いました。測定溶液はガラス繊維ろ紙で吸引ろ過を行い、モリブデン青吸光光度法でリン溶出率を求めました。
二段階溶出法で得られた析出物は、析出時におけるpHが高いほど析出物としてのリン回収率が増加しました。析出物の成分は、主としてハイドロキシアパタイト(HAP)でしたが、Ca(OH)2も多く含まれていました。析出物の水溶性は低く、ク溶性は高かったです。重金属除去に成功し、除去が難しいAs、Cdでも含有濃度は、肥料基準値の1/30から1/90程度でした。
リン回収率 | 重金属回収率 | |
酸溶出法 | 〇(99.9%) | ×(多量) |
アルカリ溶出法 | ×(30%) | 〇(少量) |
二段階溶出法(本研究) | 〇(80%) | 〇(微量) |
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各溶出法のリン溶出率(まとめ)
本研究において、下水汚泥灰から二段階溶出を経て回収した最終析出物は、直接肥料として利用できる可能性が示唆されました。私たちは、これらの結果に基づき、本リン回収プロセスを実用化することで、資源循環型社会の構築実現に大きく貢献することができると考えています。今後は、(本汚泥灰から)リン回収装置の実用化に向けて、各プロセスにおける条件のさらなる最適化、製造にかかる費用の算出や削減できる汚泥灰の処理費用の推算、肥料化に向けた植物の生育実験やその他利用法の検討も行う予定です。
これまでの研究活動で得られた研究成果は、文部科学省が主催する学生による自主研究の祭典「サイエンスインカレ」(第3回:幕張メッセ国際展示場、第4・5回:神戸国際会議場)をはじめ、工学系の国際会議International Symposium on Fusion Tech(2014年:ソウル(韓国)、2016年:ハルビン(中国))、日本工学教育協会の第61回工学教育研究講演会(2013年:新潟)、「第13回学生ものづくり・アイディア展in新潟」で発表するなど精力的に活動しています。 特に、「サイエンスインカレ」において、第3回(2014年)でサイエンス・インカレ・コンソーシアム奨励賞(DERUKUI賞)、第5回(2016年)において各協力企業・団体賞(NJS賞(日本上下水道設計株式会社))、また「第13回学生ものづくり・アイディア展」(2015年)で銀賞に輝くなど、研究内容も高い評価を受けております。
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